甲子園の決勝で解説、注目集める
NHK 高校野球解説者
飯塚 智広
1997 経営学部
NHK高校野球解説者
Interview
甲子園球場全体の映像から放送席に変わる。
2022年夏に初めて解説者となって4年目。
「愛あふれる解説」「わかりやすい解説」と言われる名解説者の飯塚さんに
解説とは、高校野球とは何かを語っていただきました。
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甲子園の決勝で解説、注目集める
2025年8月23日、夏の高校野球決勝、沖縄尚学高対日大三高戦。甲子園球場全体の映像から放送席に変わる。
その席には、解説者として飯塚智広が座っていた。2022年夏に初めて解説者となって4年目。異例の早さで決勝戦の解説者となった。
「愛あふれる解説」「わかりやすい解説」といった視聴者の反応が実現させた。球場で沸き起こったウェーブに放送席から参加したことも話題になった。
「スタンドから見てもグッとくるものがあるんですよね。
甲子園に出る高校生ってすごいなぁっていうリスペクト感があるので。高校時代は決勝戦で負けて甲子園には縁がなかった。
でも、一生懸命頑張っていたら縁をいただいた」。
その思いが、球場内で起こったウェーブに放送席から自然と加わった理由かもしれない。甲子園は〇〇高校ファンというより野球ファンが多い。
そういうのを見聞きすると、(高校時代の)仲間と一緒に来たかったなぁって改めて思うんです」。
解説をしているときは「あまり感情移入しないようにしているんですが、アルプス席にいる親とかが映るとグッとくるものがあるんです。色々大変だったんだろうなって。自分も親なので。勝敗の結果は出てしまうけど、ここまでやり抜いたということが素晴らしいと思います。勝負の世界なので勝敗の結果は出て、負ければ悔しいですが、時間が経てば良い思い出に変わるので」。
甲子園を目指した球児、経験者ならではの思いがにじみ出る。
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入れ替え戦の経験がのちに...
1994年、亜大に入って初めてのシーズンはリーグ戦4位だった。秋には最下位となり入れ替え戦でも負けて2部に降格。
「(学生時代のことで)すぐに出てくるのが入れ替え戦に負けた時のことですね。
入学したころは優勝なんて考えもしなかった戦力だったので。最下位が決まって入れ替え戦まで時間があったんですが、OBの方が代わる代わるグラウンドにやってきて、ピッチャーをやったり指導したり叱咤激励してくれるんです。
こういうことは大変なんだろうなと今考えると思いますね。普段も厳しかったけど独特な感じでした。
ただレギュラーだったけど1年生だったので責任を感じるということはなく、先輩についていくだけでした。
入れ替え戦を経験していなかったら、優勝争いをするようなチームにはなっていなかったんじゃないかと思います(3年生の秋、4年生の春にリーグ優勝)」。
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ミスを恐れずに、チャレンジすること
2015年12月20日、中日、巨人で活躍した同期の井端弘和が現役を引退。
「友達としてもファンとしても寂しかったので」と、同期を中心に声をかけると30人ほどがこの日思い出の日の出グラウンドに集まった。
それぞれが「背番号2」の上に「IBATA」の文字が入ったユニフォームを着て。
「前日にはみんなセミナーハウスに泊まり、昔を思い出して朝礼もやりました」。
同期の仲間意識は強い。昨年暮れには亡くなった仲間の墓参に大阪に集まったという。
「いい代だなと思います」と。
WBC侍ジャパンの井端監督への期待、応援も人一倍といったところだ。
解説同様、野球愛も熱い。
「甲子園はトーナメントなので後がない大会だけど、ミスをしないと上手くなれないので、あの大舞台でミスをした、チャレンジしたというほうがよっぽど後につながるんじゃないかと思います。
失敗しないと上手くならない。
例えばその試合を録画して、それを何十年後かに仲間と集まって見るときに、面白い、ソフトになっていくようにという思いがある。
親戚中の人も見ていますしね。
せっかく甲子園に出たのにケチョンケチョンに言われたら面白くないですから。
自分ならそう思います」。
甲子園でウェーブを一緒になってやったのは
「亜大出身だからですかね? やらなきゃいけない症候群にかられ、座っているのが想像できなかったもので」
と昨年の夏を振り返る。
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大学で学んだ「野球」
「野球というのは確実に大学時代に教わった。例えばランナーのリードにはこんな意味があるとか大学で教わった。
先輩からいろいろ教わる、それをまた伝える。
それが伝統かな、と思う。
代が変わっても安定している、それが亜大の強みだと思う。
戦力が整ったから強い、整わなかったから弱い、といった表現をすることもありますが、我々が育ったところは強いチームを作ろうではなくいいチームを、というのが合言葉でした」
大学時代を振り返ってさらに続ける。
「弱かったけどあまり負ける気がしない、勝つ気もあまりしないんだけどやべーなぁ、ということもなかった。
やることをやっていれば大丈夫だろうという感じで。
スーパースターが入ってきても扱いきれないというか、それよりもいいチームを、ということでしたね」
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「失敗を恐れず、経験を重ねる ― 挑戦し続ける意味」
高校生や後輩の野球部員にも伝えたいメッセージがある。
「勇気をもっていっぱい失敗して、振り返ってもらいたいと思います。
失敗するのは怖いから勇気を持たないと。
失敗というかチャレンジしてほしいですね。
たとえ結果が良く出ても、悪く出ても。
悪く出たときのほうが次につながる。
正面から反省できると思うので。
失敗を恐れないでもらいたいなぁと思います。
人生まだ50年しか生きてないんですが人生無駄なことというのはないので。
その時はすぐ辛いとか何のためにこの時間があるんだよ、と思うことがあると思うけど、振り返るとあれのおかげだよなっていうことがすごくあるので。
何かのために今そうなっているんだよ、ということを感じてもらいたいと思います」
そして
「経験というのはいいですよね。
野球の打者というのは、何十打席、何百打席立って経験値が得られる。
いろいろ経験して経験値を高め一人前に近づくと思うので。
経験値を高めて欲しいですね」
大学時代に経験した入れ替え戦が野球への情熱をたぎらせた。
さまざまな経験や挑戦、失敗が今の飯塚智広につながっている。
甲子園でエラーした球児に
「素晴らしい突っ込みでしたね。果敢に突っ込んだ結果です」
と称えるのが飯塚である。
(聞き手・文=志賀雅仁 青々会常任幹事)